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戦争と詩人:ウィルフレッド・オーウェン『精神病患者たち』に戦争の悲惨を垣間見る
はじめに
軍靴の足音が聞こえてくる出来事が増え気が滅入る昨今、いかがお過ごしでしょうか。
戦争と詩人とは古今東西切っても切れない縁があるわけですが、近代の戦争の悲惨を真正面から扱った詩人として私が敬愛しているのがウィルフレッド・オーウェン(Wilfred Owen)です。20世紀初頭を生きたオーウェンは、1915年第一次世界大戦にイギリス兵として従軍し、3年後の1918年11月4日、25歳の若さで戦死しました。対戦終結を告げる平和条約が結ばれる11月11日の1週間前のことです。

彼の詩はこの3年間の従軍経験をベースに書かれているわけですが、その多くが悲惨と苦しみにみちみちており、私は彼以上に戦争がもたらす悲惨さを克明に伝える詩人はいないと思っています。
今回は、そんなオーウェンが従軍時のトラウマ(今でいうPTSD)のため戦争病院に入院していたときに書いた詩を翻訳してみました。彼の多くの詩と同様、そのおぞのましさに圧倒される作品です。
Mental Casesとその翻訳
日本語訳(筆者)
精神病患者たち
Wilfred Owen(筆者訳)
あれは何者だ?黄昏時にどうして、こんなところに座り込んでいるのだ
彼らはどうして揺れているのだ、煉獄の影の如く、
顎から垂れた舌に恍惚を滴らせ、髑髏の舌の如く邪悪に嗤う歯をむき出しにして。
痛み、そしてまた痛み――どんな緩慢な狂乱が、
彼らの深い眼窩の周りに、あの深淵を穿ったのか。
彼らの頭髪、そしてその掌から、
「悲惨」が絶え間なく蒸し上がっている。我々は眠りのなかで死んで、
地獄を歩いているのか?だがそれなら、あの地獄の従者たちは何者だ?
彼らは――「死」がその精神を奪い去ったものたちだ。
殺戮の記憶が、その指で彼らの頭髪を梳いている、
彼らが目にした、あまりにも多くの殺戮の記憶が。
肉塊が作る泥沼を行進しながら、力なき彼らは彷徨う、
かつて哄笑を愛した肺が形作る血溜まりを、その足に踏みしめて。
彼らは、いつ何時でも、こうした記憶を目にし、耳にする、
銃床の乱打、飛び散る肉片、
形容しがたい殺戮と、浪費されていく人間たちが、
救済を不可能ならしめるほど深く、彼らの身体に刻まれているのだ。
だからこそ、その眼球は苦痛の中で、
脳へと縮退する、なぜなら彼らにとって、
太陽は血痕であり、
夜は血のような暗黒として現れ、
夜明けは血を流す傷口のように割れ開くのだから。
――それ故彼らの頭には、陽気で、醜く、吐き気を催す、
笑いの張り付いた死体という「嘘」がくっついているのだ。
――それ故彼らは互いにつかみ合い、
自らの凄惨な記憶という縄鞭を拾い上げて、
彼らにこんな罰を与えた俺達に掴みかかろうとしてしている、
こんな戦争と狂気を、彼らに与えた俺達を掻きむしろうと。
原文
Mental Cases
Wilfred Owen
Mental Cases
Who are these? Why sit they here in twilight?
Wherefore rock they, purgatorial shadows,
Drooping tongues from jays that slob their relish,
Baring teeth that leer like skulls' teeth wicked?
Stroke on stroke of pain,- but what slow panic,
Gouged these chasms round their fretted sockets?
Ever from their hair and through their hands' palms
Misery swelters. Surely we have perished
Sleeping, and walk hell; but who these hellish?
-These are men whose minds the Dead have ravished.
Memory fingers in their hair of murders,
Multitudinous murders they once witnessed.
Wading sloughs of flesh these helpless wander,
Treading blood from lungs that had loved laughter.
Always they must see these things and hear them,
Batter of guns and shatter of flying muscles,
Carnage incomparable, and human squander
Rucked too thick for these men's extrication.
Therefore still their eyeballs shrink tormented
Back into their brains, because on their sense
Sunlight seems a blood-smear; night comes blood-black;
Dawn breaks open like a wound that bleeds afresh.
-Thus their heads wear this hilarious, hideous,
Awful falseness of set-smiling corpses.
-Thus their hands are plucking at each other;
Picking at the rope-knouts of their scourging;
Snatching after us who smote them, brother,
Pawing us who dealt them war and madness.
原文はこちらのサイトから引用させていただきました。
韻律分析
それでは、韻律面も少し分析していきましょう。
韻律(Meter)
この詩は主にトロカイック・ペンタメーター(Trochaic Pentameter)で書かれています。トロカイック・ペンタメーターは、各行が5つのトロカイック脚(強勢のある音節の後に弱勢のある音節が続く「DUM-da」のリズム)で構成される韻律です。これは英語詩でより一般的なイアンビック・ペンタメーター(弱勢の後に強勢が続く「da-DUM」)とは対照的であり、その選択にはオーウェンの明確な意図が読み取れます。トロカイック・ペンタメーターの「DUM-da」という「落ちる」ようなリズムは、兵士たちの肉体的・精神的な衰弱や崩壊を象徴しています。各行が強いアクセントで始まることで、詩全体に重く、執拗な、そして容赦ない響きを与え、戦争の悲惨と兵士が経験する苦痛の連続を聴覚的に表現しています。例えば以下の行。
Drooping | tongues from | jaws that | slob their | relish, (3行目)
Wading | sloughs of | flesh these | helpless | wander, (13行目)
Treading | blood from | lungs that | had loved | laughter. (14行目)
いやらしい、粘つくような感じがしませんか。
特に14行目の「had loved」の部分にはイアンビックな置換が見られ、これは詩全体のトロカイックな流れの中で不器用さや疲労感を際立たせています。読者はこの重いリズムを辿ることで、泥濘の中を進む兵士たちの困難な歩みを追体験するかのようです。
押韻構成(Rhyme Scheme)
「精神病患者たち」には、規則的な押韻構成は存在しません。これは、オーウェンが戦争によってもたらされた混乱、精神の断片化、そして兵士たちの疲弊しきった心理状態を反映したものと考えられます。もし詩が整然とした押韻構造を持っていたなら、その内容は戦争の無秩序な現実と乖離し、詩の持つ切迫感が損なわれたでしょう。
しかし、オーウェンは完全に押韻を放棄したわけではありません。各スタンザには、不規則な位置に響き合う言葉(echoes)が意図的に配置されています。これらは完全な押韻ではなく、むしろ不協和音や不安感を煽る効果を持っています。
•第1スタンザ: 「relish」(3行目)と「hellish」(9行目)
•第2スタンザ: 「wander」(13行目)と「squander」(17行目)
•第3スタンザ: 「other」(25行目)と「brother」(27行目)
これらの響きは、遠く離れて配置されることで、読者に漠然とした不穏な感覚を与え、詩全体の偏執的な雰囲気と不安感を高めています。特に最終スタンザの「other」と「brother」の対比は、兵士たちと、彼らに戦争と狂気を与えた「私たち」(読者や社会)との間の責任の連鎖を暗示しています。また、16行目の「Batter of guns and shatter of flying muscles」に見られる「Batter」と「shatter」のような内部押韻は、銃撃の音と肉体が砕け散る様を模倣し、戦争の暴力性を直接的に聴覚に訴えかけます。
おわりに
いかがでしたか。翻訳にあたり改めてこの詩と向き合いましたが、本当に気が滅入ってきます。しかしそれと同時に、絶対にこの悲劇を繰り返してはいけない、という決意にも繋がりました。日々できることをやっていきます。いきましょう。