詩と詩人
詩の紹介

オデュッセイアとは?​ ホメロスの​物語が​読み継がれる​理由

公開日 7 min read
帆柱に身を縛ったオデュッセウスと、船を囲むセイレンを描いた絵画
Herbert James Draper, Ulysses and the Sirens, 1909, Ferens Art Gallery / Hull Museums

はじめに

こんにちは、クロイツェルです。

『オデュッセイア』という題名は聞いたことがあるけれど、どんな物語なのかはよくわからない。そんな方に向けた入門です。

ひとことで言うと、戦争を終えた一人の男が、家に帰ろうとする物語です。男の名はオデュッセウス。神話のトロイア戦争のあと、故郷へ向かう帰り道がこの詩の中心にあります。

ここで、少し意外な作品を紹介します。1922年に刊行されたジェイムズ・ジョイスの長編小説『Ulysses』は、この帰郷の物語を現代に移した作品とされています。舞台は1904年6月16日のダブリン。たった一日の出来事を描いています。中心にいるレオポルド・ブルームは、広告の営業をしている中年の男性です。

古代の帰郷の詩が、なぜ20世紀の都市の一日になったのでしょうか。

この記事では、その問いを入口にして、次の順で進みます。

  • 『オデュッセイア』がどのように作られ、伝えられてきたか
  • トロイア戦争と神々 ― 物語の前提になる背景
  • テニスンの詩とジョイスの小説が、それぞれ何を受け取ったか
  • 物語のあらすじ(結末は伏せます)
  • 6つの場面と、それぞれの場所
  • 日本語で読むための翻訳

古代ギリシャ文学の知識はなくても大丈夫です。旅の前に地図を広げるくらいの気持ちで、ついてきてください。

ホメロスと、声で受け継がれた物語

叙事詩と口承

『オデュッセイア』は叙事詩です。英雄や神々の出来事を、長い詩のかたちで語ります。

この詩は、声で語り、聞き、受け継ぐ「口承」の伝統のなかで生まれました。

長い物語を声で伝えると聞くと、全文を一字一句暗記する姿を思い浮かべるかもしれません。実際の歌い手は、受け継いだ言い回しや場面の型を使い、語るたびに詩を組み立て直していました。

「ホメロス作」という名前

『オデュッセイア』は、昔からホメロスの作品とされてきました。ただ、ホメロスが一人の詩人だったのか、複数の人の手によるものなのかは、わかっていません。

作者の問題を解決してから読み始める必要はありません。声で語られてきた詩だと知っておけば、物語を「聞く」つもりでページをめくれます。

いつ作られたのか

いつ作られたのかも、はっきりした年はわかっていません。OpenLearnによると、詩が形になり、書き留められたのは紀元前8世紀後半から紀元前6世紀半ばのあいだ。いまから2500年以上前のことです。

トロイア戦争と、神々のいる世界

『オデュッセイア』の背景にあるのは、ギリシャ神話のトロイア戦争です。ギリシャの英雄たちがトロイアの町と10年にわたって戦った、伝説の戦争です。オデュッセウスも、その戦いに加わった一人でした。

同じ戦争をめぐるホメロスの叙事詩に『イリアス』があります。『イリアス』は戦争の終わりごろ、英雄アキレウスの怒りと戦いを描きます。木馬は『イリアス』には出てこず、『オデュッセイア』では第4歌・第8歌・第11歌の回想や歌のなかで語られます。『オデュッセイア』が始まるのは、戦争が終わったあとです(両作の関係はBritannicaの解説が短くまとめています)。『イリアス』を先に読み切らなくても、第1歌から入れます。

もう一つ知っておきたいのは、この物語では神々が人間のすぐそばにいることです。女神アテナはオデュッセウスの帰りを助け、海の神ポセイドンは怒りから帰り道を邪魔します。神々は集まって話し合い、人の姿を借りて助言し、海や風にも力をふるいます。ただ、善と悪の対決ではありません。それぞれの神が自分の感情と思惑で動き、それが人間の旅に流れ込んできます。

テニスンとジョイスは何を受け取ったのか

テニスンの詩とジョイスの小説を並べると、後の作家がこの物語をどう読みかえたのかが具体的にわかります。

どちらの題名も、日本語では「ユリシーズ」(Ulysses)です。オデュッセウスのラテン語名に由来する、英語での呼び名の一つです。同じ名前を掲げながら、二人が描いたものはずいぶん違います。

テニスンの詩「Ulysses」:帰ったあと、もう一度海へ

詩人アルフレッド・テニスンの詩「Ulysses」の語り手は、年をとった王です。

王は島と、その治め方を息子のテレマコスに任せます。そして、昔いっしょに海を渡った船乗りたちと、もう一度船を出そうとします。求めているのは、まだ知らないことを知ることです。

詩のなかには、テレマコスやトロイア、かつての船乗りたちが出てきます。ホメロスの物語を知っている読者なら、この王がオデュッセウスだとすぐに気づく仕掛けです。

おもしろいのは、詩が始まる時点です。『オデュッセイア』は家へ帰るまでの物語でした。テニスンの詩は、帰ったあと、島で老いた王の声から始まります。そして彼を、もう一度旅へ送り出すのです。

この再出発の下敷きになっているのは、ダンテ『神曲』「地獄篇」第26歌のユリシーズです。テニスンは、そのユリシーズ像に、ホメロスが描いた帰還後の場面を重ねました。

私には、家に帰った英雄が、その後の人生をどう生きるのかという問いを、この詩が引き受けているように読めます。ホメロスからダンテへ、さらにテニスンへと、同じ人物が別の物語を与えられてきたわけです。

ジョイスの小説『Ulysses』:英雄の旅を、ダブリンの一日へ

冒頭で触れたジョイスの『Ulysses』は、表向きは『オデュッセイア』を現代に移しかえた小説です。

小説は18のエピソードからなり、ジョイスが友人に示した構成表では、それぞれにホメロスの物語に由来する名前がついています。ただ、1922年に出た本には、その名前は章題として印刷されていません。

ただ、ジョイスの古典の借り方は、かなり自由で型破りです。原作をていねいになぞる再話を期待して開くと、きっと戸惑うはずです。

描かれるのは、ブルーム、モリー、スティーヴンの一日。語りは、人物の頭に浮かぶ考えにぴったり寄り添って進みます。

海を越えていく帰郷の旅が、一つの都市の一日に置きかえられています。そして洞窟や魔法の島のかわりに、人の頭のなかを行き来する考えが描かれます。ジョイスが借りたのは、筋書きの細部よりも、旅という骨組みだったように見えます。

二つを並べると見えること

テニスンは、オデュッセウスその人を連れてきて、物語のあとへ時間をのばしました。ジョイスは、ホメロスの場面を構成の手がかりにしながら、時代も人物も1904年のダブリンへ移しました。

どちらの作品でも、元の旅を知っていると、どこを受け取り、どこを書きかえたのかが見えてきます。原作を開く理由の一つは、ここにあります。

あらすじ:帰郷の旅と、家族の行動

トロイア戦争が終わったあと、オデュッセウスは故郷のイタケを目指します。けれど帰り道は長く、一つ目の巨人キュクロプスの洞窟、キルケの島、歌声で船乗りを誘うセイレンと、行く先々で足止めされます。イタケでは、妻のペネロペが知恵を使って求婚者との再婚を先延ばしにしています。息子のテレマコスは、父の消息を求めて旅に出ます。彼がどうやって家にたどりつき、そこで何が待っているのかは、本のなかで確かめてください。

6つの場面から旅をたどる

旅のなかから6つの場面を選び、地図と表にしました。

『オデュッセイア』は24の「歌」に分かれています。本でいう章のような区切りで、後の時代の編集者がつけたものです。地図と表の番号は旅の順です。

旅の地図

トロイアからイタケへ帰る途中、オデュッセウスはさまざまな場所を訪れます。

地理の目安

地図は地理の目安です。所在が定まらない場所は「物語の道筋」に分けて表示しています。

01 / 06 · 地理の目安

トロイア

トロイア戦争を終えたオデュッセウスは、故郷イタケへの帰途につきます。

原典の目安:第9歌

02 / 06 · 所在未確定

キュクロプスの国

一つ目の巨人ポリュペモスの洞窟に閉じ込められたオデュッセウスは、知恵を使って仲間と逃げ出します。

原典の目安:第9歌

03 / 06 · 所在未確定

アイアイエ

キルケの住む島です。仲間たちを豚に変えられたオデュッセウスは、彼らを元に戻すためにキルケのもとへ向かいます。

原典の目安:第10歌

04 / 06 · 所在未確定

セイレン

歌声に誘われる危険な場所です。オデュッセウスは仲間の耳をふさぎ、自分の体を帆柱に縛らせて通り過ぎます。

原典の目安:第12歌

05 / 06 · 所在未確定

オギュギエ

カリュプソの住む島です。オデュッセウスは故郷と妻を思いながら、ここで帰れる日を待っています。

原典の目安:第5歌

06 / 06 · 地理の目安

イタケ

オデュッセウスの故郷です。島への帰還を果たしたあとも、家族との再会までに試練が続きます。

原典の目安:第13歌以降

日本語訳の案内へ →

地図:Natural Earth(概略図、パブリックドメイン) / 6場面を抜粋

番号は抜粋の並びを示します。作品の歌の順番とは異なります。

トロイアとイタケを地理の目安にし、所在未確定の4つの場所は物語の道筋として分けて示しています。

番号場面どんな場面か歌
1トロイアトロイア戦争が終わった場所。帰郷の旅の背景―
2キュクロプスの国ポリュペモスの洞窟から、知恵を使って仲間と逃げ出す第9歌
3アイアイエキルケの島第10歌
4セイレン歌声で誘う危険を越えていく第12歌
5オギュギエカリュプソの島第5歌
6イタケオデュッセウスの故郷。帰還後の物語の舞台第13歌以降

ただ、詩はトロイアを出発する場面からは始まりません。旅の順ではキュクロプスの国が先なのに、歌の順ではカリュプソの島(第5歌)が先に出てきます。キュクロプスの話(第9歌)は、あとからオデュッセウス自身が語る思い出なのです。

読み始める前に全体をつかんでおきたい方は、『オデュッセイア』読書コンパニオンも開いてみてください。物語の現在地、人物、24歌の並びを、結末にふれずに確かめられます。

日本語で読むなら:松平千秋訳

日本語で読むなら、松平千秋訳『オデュッセイア』(岩波文庫、上下巻、1994年刊)がおすすめです。

上巻には第1〜12歌、下巻には第13〜24歌が入っています。上の地図や表と照らし合わせると、カリュプソの島、キュクロプスの国、キルケの島、セイレンの四つの場面(第5・9・10・12歌)は上巻に、イタケに帰ってからの物語(第13歌以降)は下巻にあります。

まずは上巻から読んでみてください。気になった場面があれば、表の歌番号で探してから、前後へ読み進めても大丈夫です。下巻へ進むと、故郷に戻ってからのオデュッセウスに会えます。

読み終えたあとで、テニスンの王がなぜもう一度海へ出たがるのか、ジョイスがなぜダブリンの一日を選んだのかを考えてみてください。二人の読みかえが、自分の目で見えてくるはずです。

参考

読み終えたら

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